SkyDreamの日記

果たして空を飛べるだろうか?

小田原城に行く

いままでに小田原には行くことがあったけれど、まだ一度も小田原城には行っていませんでした。今回、息子や孫たちと近くで「イチゴ狩り」をしたついでに小田原城に寄ることになりました。お城は駅から徒歩で10分程度と近い場所にあります。

小田原城 

https://odawaracastle.com/history/

小田原城は、室町時代に西相模に進出した大森氏が築いた城郭が前身とされます。城の規模や築城年は明らかになっていませんが、15世紀の中頃に造られたのではないかと考えられています。1500年頃、伊勢宗瑞(北条早雲)が小田原に進出し、以後、北条氏が5代約100年にわたって関東での勢力を拡大していきました。小田原城は、関東支配の中心拠点として整備拡張され、豊臣秀吉の来攻に備え、城と城下を囲む総延長9kmに及ぶ総構の出現に至ってその規模は最大に達しました。
しかし、天正18年(1590)、石垣山(一夜城)の築城をはじめとする秀吉の小田原攻めにより北条氏は滅亡し、戦国時代が終焉を迎えました。

天守閣は昭和35年に復興されたものですが、きれいなお城です。

銅門(あかがねもん)

馬屋曲輪(うまやくるわ)から二の丸に通じる位置にあり、二の丸の正門にあたります。渡櫓門(わたりやぐらもん)、内仕切門(うちじきりもん)と土塀で周囲を囲む枡形門(ますがたもん)の構造を持ちます。渡櫓門にはその名の由来となった銅板の装飾が映えます(平成9年復元)

天守閣に登ると、遙かかなたに相模湾が広がって見えます。

この日、子供達が忍者(武者?)相手に剣で戦えるイベントがあり、盛り上がっていました。もちろん忍者達は切られ役なので、子供達は勝つことが出来て大満足でした。

北条一族が5代100年の間、小田原の町は栄え北条氏の勢力は関東全域に拡大していました。今では春には梅祭りや桜祭りがあり、5月には小田原市最大の観光イベントで、総勢約1,800名の武者隊・音楽隊・まち衆隊の大パレードが市内を勇壮に練り歩く北条5代祭りなど多くのイベントがあります。