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SkyDreamの日記

果たして空を飛べるだろうか?

兵馬俑展

去年から行きたいと思っていたのですが、やっと行って来ました。

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なにしろ紀元前3世紀の秦の始皇帝陵付近から出土された「兵馬俑」が西安からやって来たのです。場所は上野の東京国立博物館。この日は快晴で風もなく気持ちのよい日でした。

展示会場は2つに分かれ、第一会場は西周(~紀元前8世紀)から春秋戦国時代を経て秦(紀元前3世紀)に至る数々の出土品(鐘、鏡、剣などの青銅器、玉、土器、金銀工芸品など)を展示したものでした。すばらしい物が多く、これを見るだけで当時の歴史や文化に触れる事が出来て十分見る価値がありました。

 

そしてもう1つの第二会場が秦始皇帝陵兵馬俑などからの出土品の展示です。ここには2両の銅車馬のレプリカ(1/2)と俑が展示されています。

俑(よう)とは人形(ひとがた)の意で、人や馬やなどが、粘度を焼いた焼き物で作られています。秦より前の時代の俑は小型のものだったのですが、兵馬俑はほぼ等身大で実に写実的です。例えば髪を櫛で梳かした様や編み目さえ忠実に再現しています。2000年以上前の姿が今によみがえったような迫力です。そして見る角度や光の具合によってその顔の表情が変化してみえます。将軍俑は知性的な風貌で、戦場を数々経験してきた自信に満ちた顔をしており、跪射俑は今にも弓を射らんとする精悍で緊張した顔をしています。また雑技俑は太った芸人で、おおきなお腹が出ていて笑わせます。踊ったり笑わせたりする役割だったようです。

8000体の俑が発掘されているそうで、その1つとして同じ顔をしたものはないそうです。今回はそのうち本物の10体が展示されているだけなのですが、将軍から軍吏俑、跪射俑、歩兵などと階級や年齢に応じてその装飾は異なり、また人物の表情も多様で見ていて飽きることがありません。

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レプリカのある一角のみ撮影が許可されていました。しかし、やはり本物の方が精巧で迫力があります。


秦の始皇帝は、春秋戦国時代を経て群雄割拠していた諸国を統一し、中国発の皇帝となりました。その命が永遠となる思いを込めて始皇帝稜を建設しましたが、50歳で亡くなってしまいます。そのわずか3年後に秦が滅びてしまうなどということは想像だにしていなかったでしょう。

こんな中、印象深かったのは粗末な板片の小さな墓誌の展示でした。それは「東武隊贛楡距」のように6文字だけが刻まれているような簡素なものです。説明文によればそれは始皇帝陵建設のために諸国から集められ死亡した刑徒の名前と出身地を示しているのだそうです。絶大な権力者の壮大な陵建設の陰には、当然ではありますが多くの人々の犠牲があったわけです。

史記」の記載によれば、紀元前246年、趙政が即位して秦の皇帝になった間もなく、驪山に沿って陵墓の築造を始めたといわれます。紀元前221年、秦は天下を統一した後、各地から集まった刑徒70万人を駆使して、陵墓の築造を続かせました。
http://www.chinaviki.com/china-travel/china-heritage/Mausoleum-of-the-First-Qin-Emperor/

しかし陶工、土木技術など始皇帝陵建設には高度な専門知識を必要とすることから、現場周辺にはエジプトのピラミッドのように専門家が住んでいたのは間違いないことで、そうした人を含め建設に携わった多くの人々の生活面での発見や史実を知りたいものです。

そして、中国政府はまだ謎の多いこの始皇帝陵について、遠隔探査技術などを利用した調査を実施した結果、巨大な地下宮殿と墓室の存在を確認しています。しかし本格的な発掘を始めれば遺跡の現状維持は難しく、 将来技術的な条件が 整うのを待って発掘するそうです。その日はいつ来るのでしょうか?

 

この展示は2月21日まで上野の東京国立博物館で開催しています。西安までいかなくてもその一端にふれることが出来ます。入場料1600円で音声ガイド機器の使用料が520円ですが、このガイドがわかりやすくとても役に立ちます。

 

ピラミッド建設

エジプトにおけるピラミッド建設は、一般的には奴隷の強制労働で築いた王墓とされてきたが、1990年代に入ってからギザの大ピラミッド付近でピラミッド建造に関わったとされる人々の住居跡や墓が見つかり、ピラミッド建設に関わった道具や、手術跡など高度な外科治療が施された人骨が発見された。更には、女性や子供達の骨も数多く発見され、家族で暮らしていたことが推測された。
こうした事実から、ここに住んでピラミッド建設に携わっていたのは、虐げられていた奴隷ではなく、専属の労働者がいたことが明らかになった。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89)

 

 

 兵馬俑展について

秦の始皇帝(紀元前259~紀元前210)と「兵馬俑」の全体像に迫る特別展、「始皇帝と大兵馬俑展」が2015年10月27日から16年2月21日まで東京国立博物館で開かれる。

   同館ではこれまで何度も中国関係の特別展が開かれてきたが、「始皇帝兵馬俑」に絞ったものは初めて。NHKでも特集番組を予定しており、過去最大級の「兵馬俑展」ということで、古代史ファンのみならず一般の人々にも注目度の高い展覧会になりそうだ。

  • 兵馬俑(集合)右から跪射俑、軍吏俑、将軍俑、歩兵俑、立射俑。秦始皇帝博物館蔵<br>
©Shaanxi Provincial Cultural Relics Bureau & Shaanxi Cultural Heritage Promotion Center
  • 1号銅車馬(複製)秦始皇帝博物館蔵 ©Shaanxi Provincial Cultural Relics Bureau & Shaanxi Cultural Heritage Promotion Center
  • 1号兵馬俑坑 秦始皇帝博物館蔵 ©Shaanxi Provincial Cultural Relics Bureau & Shaanxi Cultural Heritage Promotion Center
兵馬俑(集合)右から跪射俑、軍吏俑、将軍俑、歩兵俑、立射俑。秦始皇帝博物館蔵 ©Shaanxi Provincial Cultural Relics Bureau & Shaanxi Cultural Heritage Promotion Center

永遠の世界支配を夢見る

   始皇帝は紀元前3世紀、中原西方の秦を大国に押し上げ、戦乱の世を制して史上初の中国統一を成し遂げた人物として知られる。単に版図を大幅に拡大しただけでなく、各地でばらつきがあった貨幣や度量衡、漢字の書体などを統一、今日に至る中国の国家としての基礎を築いた。大運河や万里の長城など壮大なプロジェクトの遂行者でもあった。そうした巨大事業ひとつとして、自らの墓であり、死後の住まいとなる「陵園」づくりにも生前から取り組んでいたという。

   「兵馬俑」は1974年、中国・西安北東約30キロにある始皇帝陵園の近くで、地元農民によって偶然発見された。俑とは人形 (ひとがた) の意で、古代中国では死者に有縁の人や動物の俑がつくられ埋葬されることがあった。始皇帝兵馬俑はスケールがケタはずれ。これまでに広さ約2万平方メートルの坑から、約8000体の陶製の人俑が見つかっている。人々の表情や服装は驚嘆の造形能力で極めてリアルに描かれており、まるで2000年以上昔の秦の時代にそのままタイムスリップしたかのようだ。

   このほか馬俑が600体、戦車俑が100台ほど見つかっており、始皇帝の軍団そのものを実物大で複製して埋葬したものとみられ、いまも発掘調査が続いている。生前、地上世界の支配者となった始皇帝が死後も永遠に世界を支配する――そんな強烈な意志と野望を見せつける「地下帝国」の様相だ。

( http://www.j-cast.com/trend/2015/07/15240299.html

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